ふげのハンデラ!

ただの日記

病気になる前と後で変わったこと②

これまで夜眠れないなんてことがなかったわたしだが、薬の副作用で眠れなくなり、眠剤睡眠導入剤)を使用して眠るようになった。が、最近また眠剤なしで眠れるようになったので、眠剤を飲んでいたことを忘れる前に記録と思って書く。

 

不眠₍₍😳⁾⁾

 

SLE(全身性エリテマトーデス)のメイン治療薬としてステロイドを飲んでいるが、ステロイドには体を元気にする(アゲ⤴️)作用があり、覚醒させられて夜眠れなくなるようである。入院時から、夜にひびかないように朝と昼だけ処方されているが、それでも夜眠れない。眠れなかったことが人生で数えるほどしかないわたしは、朝方まで意識が明瞭なまま、しかも時間がなかなか進まないことが苦痛で、気軽に眠剤に頼って眠る生活を始めた。たまに早めの時間に布団に納まり“眠剤なしで眠れるかなチャレンジ”をすることもあったが、まず失敗し、23:00には眠剤を投入し意識を飛ばす。これで朝までぐっすり。

2021年12月から2022年5月上旬までほぼ毎日眠剤に寝かせてもらっていた。飲んでいるのは睡眠導入剤(効く時間が短い)なので朝にはなにも残らずすっきりしていてとてもさわやか。飲んでいるステロイドの量は、だんだん減らしていて(ステロイドは免疫系の疾患に効果てきめんだが、ひどい副作用がたくさんあるので、少しずつ減らしていくのがやり方らしい)、減るたびに眠れるようになるかな?と実験をしてみたりするが、なかなかうまくいかなかった。

先日、東京と愛媛からお友達がやってきて毎夜毎夜宴をするという、ここ数年の間には起こり得なかった奇跡のような数日間があった。宴は深夜にまでおよび、眠剤を飲むタイミングは失われた(眠剤は遅くとも日付が変わる前に飲むのが望ましい)。しかしこのときは眠剤に頼るまでもなく眠くなってしまい、自然に寝入ることができた。これが数日続くと、それまでわたしの意識の中にあった「眠剤を飲まないと眠れないのではないか」という不安がだんだん薄くなった。それからは、夜寝る段になるとまぶたが重くなってくる、自然と意識が遠のく、という感じでまるで病気になる以前のような自然な眠りを実現できるようになった。今日現在で眠剤を飲まなくなって16日経過している。東京と愛媛のお友達には感謝しかない。ありがとうございます。ちなみに眠剤ゾルピデム酒石塩酸錠5mg、眠剤を飲むのをやめたときのステロイドの量は15mg(プレドニゾロンとして)。

世界ループスデーによせて 〜病気になる前と後で変わったこと①〜

SLE(全身性エリテマトーデス)と診断されて5ヶ月。もともと自覚症状もなく日々元気に過ごしているけど、やはり病前病後ではっきりと変わったことがある。クッキーを焼いていて、以前のようにいかないな、と感じたので記録。

手の震え₍₍✋⁾⁾

手の震えは、病気本体というよりは、薬の副作用のせいだと思われるのだが、ここ5ヶ月ほどずっと感じている。ほとんど感じなかったのは令和4年4月10日の1日だけだった。あの日は、調子がいい!と思えたし、もしかしてこのまま手の震えはなくなるのかな?!と期待したけれど、それからまた震え出し、現在も日により強弱をつけながら震え続けている。手が震えるというよりは、本当は全身が震えているけれども、文字を書いたり紙を1枚だけ取り出したりするなど手で細かい作業をするときに気づくので、手が震えていると感じるのだと思う。しゃがむ姿勢をとると足が震えているのがわかるときもある。あと、ステロイドの副作用を軽減するための週1回の骨粗鬆症の薬を飲むと、その当日〜数日間震えが強くなるような気がする。強い時は体の芯(背骨のあたり)から震えている感じがする。

2cm×3cmくらいの小さいクッキーを成形して並べる作業で、手が全然繊細に動いてくれない。クッキーを置こうとすると手が隣のクッキーにぶつかって傷がついてしまう。成形し直し。なんでもない作業なのにな、と思う。

窓口で字を書こうとして震えているお年寄りの気持ちがわかる。手が全然思うように操れない。文字はへたくそになった。3年日記をつけているので前年の自分の書いた文字を毎日見ているが、繊細さが違う。異動する前の部署では、小さい文字を小さいスペースに楷書で手書きする仕事があったので、自分の変わりようを顕著に感じた。

今日も、ご祝儀袋に筆で文字を書いてほしいと頼まれて書こうとしたところ、そういえばわたし手が震えるんだった!となった。震えながらも書いた。よーく見たら字も震えてるけど、たぶん大丈夫。

薬が減れば手の震えはなくなると思う。震えなくなる日を楽しみに生きる。

やっぱりわたし、ボロい建物が大好き!!!

今年のGWは役場庁舎移転作業があり、あんまり休みがないのだが、なかなかいい日々を過ごしている実感がある。

5月3日、昼前に作業は落ち着きわたしの課は解散となったので、チャンスは今しかないと思い、カメラをたがいで役場旧庁舎の4階へ向かった。階段を昇っているそれだけで次々と目に入ってくるタイルの剥がれた床や、ボロボロの壁、階数を示すレトロな数字、クソ汚い窓。ドキドキしてくる。

この三角と数字、おしゃれで好きだった

青年の部屋

部屋名から中のボロボロさから何から大好きな「青年の部屋」、あまりまじまじと見たことがなかった財政の部屋、書庫と化した大ホール、ステージ裏、天井の崩壊具合が最高な器具庫・・・4階のロマンはすさまじいものがある。こんな建物が壊されてしまうなんてもったいない。記録写真を残さなきゃ、という思いで撮影を開始したものの、大好きな器具庫でエモさが爆発してしまい、あまりの美しさに完全に趣味の写真を撮りまくってしまった。

器具庫(廊下から見たようす)

 

器具庫の天井

器具庫にあったオブジェ。うつくしい・・・

うつくしすぎて天井を何度も撮ってしまう

 

4階からさらに上に階段が伸びていたので、え?屋上?と思って昇ってみた。わたし来たことないんじゃないかな。屋上へと続く扉が軽く開いて外が見えていた。扉が大きく開いてしまわないようにドアノブと手すりはPPロープで縛られており、割れたガラスはガムテープで保護されていた。閉じも開きもしない扉、エモすぎである。何枚も写真を撮ってしまった。興奮する。

屋上へと続く扉

ガムテープ並びにPPロープ

 

階段を降りる。無造作に置かれてある一日市盆踊りのものかと思われる灯籠の骨組みなど、いとをかし。目に映るあらゆるものが心をくすぐりいちいち立ち止まってしまうのだが、一応作業だと自分に言い聞かせて、テンポ良く行くべくがんばった。

3階事務室

天井からぶら下がっているコンセントの挿し口(みよみよコード)

3階。そもそも存在を知らず立ち入ったことのなかった奥の部屋を撮影、その部屋からのぞく3階事務室はまた違った表情で、天井からぶらさがっているコンセントの挿し口がエモエモであることに気付かされる。撮っててドキドキする。この感じ久しぶり。

朽ち果てた部屋で今年の干支の木工品が異彩を放っている。タイムスリップ感。

寅年の木工作

整列して壁を見つめるダルマストーブ

こういう貼り紙けっこう好き

最高

最高。実はこの下に赤霧島の一升瓶と長靴が置いてあって組み合わせに笑った

 

その後も「成人講座室」や旧図書館、教育委員会などそれぞれ味のある部屋がわたしを魅了する。現役のときよりも移転作業後のすっからかんな感じが廃墟感を強くしていてとても刺さる。こんなに廃墟っぽいのにエレベーターには電源が入っており、誰かが乗ったのかゴイーンと音を立てている。不思議な感じ。

エレベーター


2階は女子トイレの扉の補修が痛々しすぎてエモい。なにがどう困ってこう補修するに至ったのかな。

トイレの扉

拡大図。エモい

 

窓から見える景色もいちいち良い。この50年でだいぶ街並みも変わったんだろうな。

山と家家

帰宅して撮った写真をゆっくり見てみた。めちゃくちゃ良い。一瞬「わたし写真うますぎね?」と思ったけど被写体が良いだけだったわ。でもすごくエモくて見れば見るほどうっとりしてしまって、ものすごい満足感を感じた。心臓のあたりがぽかぽかする感じ。「好き」という感情。

女子休憩室。壁には2018年の金足農業高校野球部3年生の活躍がとりあげられた新聞記事が掲示されている(わたしが貼った)

女子更衣室。その昔宿直室だったとか

男子更衣室。電球とロッカーと階段と長靴とヘルメットが最高すぎる

雨漏りがひどいので、晩年は、つっぱり棒とビニールで雨を集めてホースを伝わせバケツに貯める仕組みが導入されていた(再任用の職員があらゆる階の天井でやってくれた)

見てくださいこの味わい深い流し!コンロの上のたらいの中に栄養ドリンク的なものが置かれている。熱燗・・・?

初心忘るべからずの鏡

婚活記録その1

今日は婚活イベントに行ってきました

ちゃんとした実績のある会社がやってる20代限定のやつです

すごかったので記録として書いておきます

まず、参加者が3人(男2人、女1人)でした

少なくとも4人がドタキャンしたようです

室内で1:1で話す形式だったので、わたしと1人が話している間、もう1人の男性は沈黙していなければならずかなりきつそうでした

わたしが驚いたのは、その2人ともが20代前半だったことです

「20代限定」と謳われると、28、9の人たちが、もうじき消える自分の20代性を掲げて押し寄せてくるのかなというイメージだったのですが、婚活で一般的な「25歳〜40歳」みたいな枠に入れない20代前半が来たりもするのだとわかって勉強になりました

驚いたので、その年でなんで婚活イベントに来たのか聞くと「そろそろ落ち着きたいから」との答え。

はえ〜よ!と思ったけど、彼らは高卒なので社会に出て6年くらいになるんですね

落ち着きたくもなるんですね

彼らは彼らの仲間内では結婚ラッシュに乗り遅れた側なのかもしれない

男性はわたししか選ぶ人がいないので、たいそうかわいそうでした

わたしは話しやすかったほうを選んでマッチングと相成りました

その人とお茶してこれまでの人生をさらっと聞いてふ〜んと思って解散しました

2人とも普通に良い人そうだったし見た目も良いしそのうち良い出会いがあると思います

がんばれ!

そういえば終了後スッタフから人数少なくてすみませんでした・・・と謝られました

こんなに少ないことは初めてで、いつも少なくとも男女5人ずつくらいは集まるそうです

3連休という時期も悪いのかもだけど、ほんと衝撃でした

ちゃんちゃん

緑のワンピース

普段は全然しない雪かきを、さっきしました。たいして積もってもいないのに。

昨日のことでもやもやしていたので、何かに没頭して頭の中をまっしろにしたかったのです。

 

 

昨日は高校卒後10周年記念の同期会だった。

前々から非常に楽しみにしていた会だった。在学中は部活の友達くらいしかいなかったけど、卒業後仲良くなった同級生も何人かいるし、さらに友達を増やす絶好のチャンスだと息巻いていた。でも結果として知り合いの一部とだけ話して終了した。

反省点を挙げると、

●もっとカジュアルな服を着て行けばよかった

●カメラを持って行けばよかった

●見知らぬ人ともお話すればよかった

服は完全にミスった・・・もともとこの日のためにカジュアルめの緑のワンピースを用意していたんだけど、母からのアドバイスや友人へのリサーチの結果結婚式に着ていくようなガチドレスに直前で変更したのだった。会場に着いたら、9割の人がカジュアルな服装で自分の場違いさに恥じ入った。。べつに問題はないんだけど、ひとりだけ気合い入れすぎちゃった人みたいになった(まあそうなんだけど)。

カメラはごつくて重いしおれがしゃしゃり出て撮影する場面なんてないだろうし、人とおしゃべりするので忙しくて撮ってるひまないだろうな、と思ったので家に置いていった。しかしそれも間違いだった。これは行ってみないとわからないことだけど、物静かな女子たちとテーブルを同じくしてしまったため、物静かに時が流れていったのだ。物静かテーブルでじっと閉会を待っているよりは、どんどん新しい場面に出会いたい人なので、物静かテーブルを離れる良い言い訳になるカメラはまじで持ってくるべきであった。会の流れの中で撮影担当的な人がいたにはいたが仕事は必要最低限という感じで、わたしが撮る余地はあったと思う。撮ってたらカメラがちょっと好きな人とかと友達になれたかもしれない。くやしい。

見知らぬ人と居合わせることも2、3回くらいあったけど、人見知りしてしまって話せなかった。軽く雑談くらいできる力がほしい。やっぱり服装が浮いてることにより常に恥じ入っていたので、人と話せるメンタルではなかった。。。自分がこの程度のことでここまで落ちるんだという新しい発見でもあった。悲しい。

5年に1度くらいの貴重な機会を台無しにしたことですごくもやもやしている。もちろん会いたかった友人にたくさん会えたし大好きな先生にも会えたし最高だったんだけど、前々から企んでいた「友達を増やす」という目標を微塵も達成できなかったことが今おれを苦しめている。ちなみに元旦に引いたおみくじは小吉だった。だいたい大吉を引くおれからしたらかなりの悪い運勢なのでこの結果も頷けるが・・・

なぜかこのせいで1年分くらいくよくよ(めりめり)しているので、今から明るく楽しく生きたい。

いーやーさーさ!

入社時から直属の課長としてお世話になっていた方が亡くなった。今日火葬に行く前に職場に寄ってくれたので職員みんなで手を合わせお見送りをした。訃報を聞いても、死亡届を受けても、全然ピンと来てなかったけど、葬儀屋さんの車が来て「マジか」と思い、奥さんが抱えた遺影と目があった瞬間声を抑えられないくらい泣いてしまった。ほんとに死んだの?信じられないね。3年と9ヶ月お世話になっただけなのにこんだけ悲しいなんてご家族の悲しみは計り知れないや。はあ、まじ無常〜

火曜日のカンパネラだね

最近起こったデカめのイベント

学校の先生からお食事に誘われて行ってきました。歳は40歳くらいだろうか。見た目は体育教師。先生と言ってもわたしの先生ではなく、仕事で何度かやりとりをしたことがあるだけの人で、学校に用事があって行った帰り際に誘われました。急だったのでびっくりしたけど、うまく断るすべも持ち合わせていなく、とりあえずは連絡先を伝えたのでした。連絡はその日のうちに来て、さくさくと日取りも決まりました。さすがに事前調べをしておこうと思い、同じ学校に勤めている知り合いの先生にその先生の素性を聞きました。悪いことはしない人、ユーモアがあって素敵な人よ、と教えてくれました。お食事に誘われたんですと言うと、あら〜見る目がある、と言われました。どっちのことかわからないけど。それでとうとう当日を迎えました。夜の待ち合わせだったのだけど、日中はなんだかもやもやしてしまって何も手につきませんでした。最悪殺されかねないので、屍体で発見された際はこういう事情だからと仲のいい友達などに伝えておきました。待ち合わせ場所にはタイミングよく着きました。先生は車から降りるとわたしの荷物を載せるために後部座席のドアを開けてくれ、また、助手席のドアも開けてくれました。このようなことをされたのは初めてです。車内はとてもさわやかでセンスのいい芳香剤の香りがしました。BGMもいい感じ。緊張はしましたが、自分の緊張には集中しないようにして会話を楽しみました。やがてレストランに着きました。先生はおそらくこれが世に言うエスコートであろうことをしてくれました。入り口の扉を開けて待っていてくれ、わたしが席に着くまで立っていました。よく見たらめちゃくちゃビシッとスーツ着てました。お店は本格フレンチでした(本格と入れると途端にガチさが薄まる気がするのはなぜだろう、カジュアルではなかったという意味です)(食べログで見たら予算が5桁だった)。乾杯をして、すごい料理がゆっくり出てきて、おいしくいただきながら身の上話とかをしました。嫌いな食べものいっぱい出てきたけど、残せる雰囲気ではなかった、いや、がんばって食べようという気が起こった。結果完食しました。誇れる。デザートを食べ終わったころにお手洗いをすすめられて、ナチュラルにお手洗いに行きました。密室で腰を下ろしてはっと気付きました。これは、こうしている間にお会計を済まされてしまうアレではないのか?席へ戻り、少し休んでから、お店を出ようということになりましたが、やはりお会計は済まされてしまっているようで、先生とわたしはそのまま店をあとにしました。そしてまたお店の扉も車の助手席も開けてもらってしまいました。なんだこれ。夢でも見ているのだろうか。あとで聞いておもしろかった話。わたしが先生を自分の先生でもないのに「先生」と呼ぶせいで、シェフが先生と生徒の禁断のアレだと思ったそうです。それならセーラー服で来ればよかったよ。その後1時間だけ、とカラオケに行きました。先生は歌もまあまあうまくて選曲もよかったのだけど、正直ほぼ初対面の人とカラオケデートって厳しいなと思いました。何を歌われても引いてしまう。すごくいい曲でも。わたしの根性がおかしいのかもしれません。とにかく、お食事のときはいい人だな〜と思っていたのが、カラオケで全部なくなってしまいました。曲とか歌とかのことばかり考えてどれを歌えばどうだとか要らぬことを考えすぎるからかも。画面ばかり見て先生のことをほとんど見ていないし。そうしてまた車に乗り込んで帰路につきました。カラオケ行かなかったらもっと後味がよかっただろうな。最初の待ち合わせ場所に着いて、ありがとうを言って車から降りると、先生も運転席から降りてこちら側に歩いてきて、ちゃんとしたお礼と感想を述べてくれました。危害を加える人ではないとはいえ、ちょっとこわくて後ずさりしてしまった。う〜ん緊張した。また遊んでくださいと言われたけれど、どうだろう。その後毎日メールが来ている。先生は独身らしい。う〜ん。わたしはよく、高校の時大好きだった国語教師を想起して「40代大好物」などと言っていたけど、今後はそういう軽口を叩くのはやめにします。好きな人は40代でも好き。そうでもない人はいくつであろうとそうでもない。以上、これぞ完璧な大人のデート!(カラオケを除く)を味わったというお話でした。ありがとうございました。